不動産業を通して海外で活躍する場を見つけた30代【アウトローストーリー第5章】

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こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの坂上崇大(さかのうえたかひろ)です。

こちらのページは、僕の「アウトロー人生」を紹介する第5章です。アウトローストーリーの一覧はこちらからご覧になれます。

第5章では、高校時代は不良のチーマ―だった僕が、不動産業を通して長年の夢だった「海外で活躍する」という夢を叶えた30代のストーリーを紹介します。

詳しくはストーリーの中でお話ししますが、最初から何をどうしたらいいか分かってスタートさせたわけではありません。

「どうすればいいの?」という疑問がある中、「海外で活躍する」ことに意識を向け、行動する中で、いろんな情報やチャンスが集まり、最終的には望む現実が形になったという感じです。

この流れは、まさしくコーチングのプロセスそのものでもあります。今回のストーリーから、夢を実現させるエッセンスを読み取っていただければと思います。

また、コーチが持つバックグラウンドというものも、あなたがコーチを選ぶうえで大事な要素になります。

このストーリーを読み進んる中で、ぜひ、あなたにとって僕が選ぶべきコーチかどうかじっくり観察してください。観察方法は、コーチの選び方の中でお話ししています。

29歳、日本に帰国し、鎌倉の不動産会社で働きはじめる

アウトローストーリー第4章でお伝えした通り、オーストラリアで2年間ダイビングインストラクターをしていた僕は、「この仕事は体に負荷がかかるので長くは続けられない」と思い、日本では何か長く続けられることを仕事にしようと考え帰国します。

日本で何を仕事にするか考えていたときに、両親と会話をする中で「不動産業はいろいろ応用が利くからいいのではないか」と話が出たり、僕の周りの同年代に不動産系や建築系の知人が多くいたことから、不動産屋で働こうと決めます。

そして、「海の近くでゆっくり暮らす」「不動産会社を探す」という2つのコンセプトから就職先を探し始めました。

その時に、縁あって出会った社長さんと意気投合し、彼が鎌倉で経営していたスタイリッシュをコンセプトにした不動産会社に就職をします。

就職が決まった僕は「海の近くでゆっくり暮らす」を実現するために、神奈川県の鵠沼(くげぬま)海岸から自転車で5分のところに住むことにしたのでした。

不動産会社に就職した僕は、自分が好きな海の近くで不動産業をするその時の暮らしが心地よく、しばらくは「まったり暮らせればいいかな」と何となく思っていました。

ただ、やはり自分の中で「世界、地球で生きる」と言うコンセプトが消えることはなく、不動産会社で鎌倉のローカルなことをやりながらも、世界で活動したい話や世界の不動産の様子をたびたび社長にする日々を送っていました。

そんな折に、僕の人生をのちのち大きく変えることとなる1冊の本と出会ったのです。

人生を変える1冊「アミ小さな宇宙人」と出合う

僕がコーチになった理由」のページで、「アミ小さな宇宙人」という本があったからこそ、僕は今コーチをやっているとお話ししているのですが、この1冊が僕の人生を大きく変えたといっても過言ではありません。

鎌倉で不動産会社に勤め始めた頃、アウトローストーリー4章に登場した、10代からの仲間でミュージシャンの親友に「何か面白い本はない?」と聞いた時に紹介してもらったのが、この「アミ小さな宇宙人」だったのです。

「アミ小さな宇宙人」は、チリの作家エンリケ・バリオスが1986年(昭和61年)出版したベストセラーです。

「アミ小さな宇宙人」のジャンルは、今なら「スピリチュアル」に分類されるもので、内容を簡単にいうなら主人公の少年が宇宙人のアミと出会い、宇宙船に乗って様々な地球外の文明を見てまわるお話しです。

これだけ聞くと、子ども向けの夢物語のように思えますが「アミ小さな宇宙人」に描かれた世界にはこれからの社会や人の在り方を考えさせる「深いメッセージ」があるのです。

アミの物語のメッセージと僕が感じた不思議な感覚

この本に描かれた地球外の文明が確立している社会は、「科学のレベル」や「愛のレベル」が数値化できる社会なのですが、地球以外の星に住む人々は、科学のレベルを高めるだけでなく、愛のレベルを高めることで、平和で穏やかな文明を築いています。

ところが、我々が住む地球は、科学のレベルは年々上がっても、愛のレベルが低すぎるために、人間関係のいざこざや紛争、最終的には戦争を繰り返す、野蛮な文明と位置づけられています。

この話を読んだ時に、とても不思議なのですが「この科学と愛のレベルを高める世界を僕はすでに知っている」「ここに描かれた世界から自分は来たんだ」ととても不思議な感覚に陥ったのです。

それはまるで子どもの頃にみた夢を思い出したかのようなものだったのですが、なぜだか「知ってる」という感覚が強く残ったのでした。

この「知っている」と言う感覚が何だったのかは、38歳の年に出会った様々なものからその理由が分かるのですが、それはアウトローストーリーの6章の中でお話ししましょう

さて、「アミ小さな宇宙人」を読むことで、僕の意識は今までと違う次元へといざなわれるのですが、この時はまだその想いが表に出ることはなく、心の奥底に深く刻まれたという感じでした。

アミの世界を知って、すぐに何か行動を起こすということはなく、これまでの日常へと戻っていきます。

32歳、海外の仕事をするために不動産業で独立

不動産会社で働き始め2年が過ぎようとしていた年、いつものように社長に「海外で活躍したい」そんな話をしていたら、社長から「そんなにやりたいことがあるなら、今やらなきゃダメだぞっ」という言葉をかけてもらいます。

この言葉を聞いた僕は「でもどうやるの?」とその方法もわからずにいましたが、社長の言葉をきっかけに、不動産の仕事で海外と関わることはできないかと「海外不動産」という言葉をキーワードにいろいろと情報を集め始めました。

そんな中、「海外不動産」を扱うサイトを見つけ、その運営者にコンタクトを取り、何度か会う中で、将来的に海外不動産を扱うことを視野に入れ、不動産で独立しようと決意したのでした。

もちろん、独立にあたって不安がなかったわけではありません。

ただ、不動産業は独立しやすく、当時の奥さんは仕事をしていたので、自分一人食べる分を稼げれば十分だったので、社長の会社から独立して不動産業を始めることにしたのでした。

この自分で経営するという経験は、僕の仕事に対する意識を大きく変える経験にもなりました。

33歳から海外不動産投資のコンサルタントとしての仕事もスタート

さて、不動産事業で独立して2年目の年、独立した当初の目的だった海外不動産を本格的に扱おうと行動を起こします。

その際に、SNSを通じて知り合った不動産投資家の紹介をきっかけに、海外不動産投資会社からフィリピンでプロジェクトをスタートするので一緒にやらないかとオファーをもらいます。

このオファーをもらった時は、アジアが急成長していた時期で、英語が喋れて不動産が分かる僕が、投資会社からすると求める人材にちょうど当てはまったのです。

僕自身もこの会社の仕事に魅力を感じ、参加することにしたのでした。

自分の不動産事業を辞める必要はなかったので、自分の不動産業と投資会社での海外投資コンサルタント業を掛け持ち、日本とフィリピンを行き来する日々が33歳からスタートします。

海外投資コンサルタントとしてプロジェクトを進める中、以前から思っていた「海外で仕事をしたい」という思いがさらに強くなり、自分が力を注ぐ場所を不動産投資会社に絞った方がいいのではないかと考えるようになっていきました。

34歳、日本を離れマレーシアに移住

「海外で仕事をしたい」という気もちが高まったころ、不動産投資会社のフィリピンでのプロジェクトがひと段落し、新しくマレーシアで次のプロジェクトが始まることになりました。

この時僕は、日本を離れる決意をします。

自分の不動産会社もクローズさせ、マレーシアに移住します。

フィリピンの時は、自分の会社の事業もあったので、外部社員的な自由な立ち位置のマネージャ―職でしたが、マレーシアでは役員(副社長)に就任し、より責任ある立場で仕事をすることになりました。

マレーシアでは、より責任ある立場だったからか、ストレスで全身に原因不明のかゆみが広がるという体調を崩す場面もあったのですが、この時の僕は自分の体のSOSを無視するくらい仕事に夢中でした。

とにかく自分の能力を発揮して、日本の人達が海外に出ていくためのサポートもできたので、自分の活躍も実感でき、凄く生き生き過ごしていた日々でした。

【終わりに】新たなパラダイムシフトへ

さて、高校時代は不良の「チーマー」だった僕も、30代で1つの社会的成功を手に入れます。

10代から夢見ていた「海外で活躍したい」と言う思いも叶えられます。

ですが、人生と言うのは面白いもので、何か満足いく結果を手に入れると次の次元へ進むよう、パラダイムシフトが起こります。

僕が働いていた海外不動産投資会社のグループ会社の経営状態が悪くなるとともに、僕は再び「自分の心が本当に望む未来」に向けて行動していきます。

アウトローストーリー第6章では、1つの成功を手にした僕がどのような想いを抱えながら、新たな選択をしていったのか紹介します。

アウトローストーリーの最終章になる第6章では、これからのリーダーに必要な「自分の想いを突き詰めること」「全てを捨てる勇気」を伝えているので、ぜひ、あなたの人生を改めて考えるきっかけにしていただければと思います。

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苫米地式コーチング 認定コーチ 坂上崇大(さかのうえ たかひろ)

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