やんちゃ坊主な幼少期から中学校卒業まで【アウトローストーリー第1章】

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こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの坂上崇大(さかのうえたかひろ)です。

こちらのページは、僕の「アウトロー人生」を紹介するストーリーの第1章です。

アウトローストーリーの一覧はこちらからご覧になれます。

プロフィールページでお伝えしたように僕は、高校時代に神奈川県いちの進学校から「チーマー」という不良の世界に飛び込んだ経験をもちます。そして、その後もアウトローな生き方をしてきました。

こちらの第1章では、誕生から幼稚園、小学生、中学生と成長する中、僕がどんな子ども時代を送り、何を大切にしていたのかを紹介します。

コーチが持つバックグラウンドというものも、あなたがコーチを選ぶうえで大事な要素になります。

ストーリーを読み進める中で、あなたにとって僕が選ぶべきコーチかどうかじっくり観察してください。観察方法は、コーチの選び方の中で紹介しています。

1976年、対極的な両親のもとに生まれる

僕は1976年に神奈川県の相模原市で生まれたのですが、両親もなかなか面白い2人で、「対局」という言葉がぴったりの2人です。

北海道出身でガチガチの国家公務員の父。

沖縄出身で型破りな企業家の母。

生まれた場所も仕事も「対極」な2人。

今となっては僕をアウトローの道へと進ませる要因は、この2人の元に生まれたことからはじまっていたように感じています。

ガチガチの公務員の父には、僕のアウトロー人生は、到底理解できない生き方だとと思います。20歳の頃は大喧嘩をしたものです。

ただ、どんなにアウトロー人生を歩もうと母がずっと僕を信じて助けてくれたので、心がスレることはなく、大人になることができました。

さて、そんな両親のもとに生まれた僕のストーリーを紹介していきましょう!

未来の「チーマ―」要素は幼稚園時代から実はあった!?

さて、こちらの写真を見る限り、とてもかわいらしい男の子に見えますが、幼き頃の僕はとにかく「やんちゃ坊主」と言う言葉がぴったりな子どもでした。

近所の子どもたちと自転車を乗り回したり、いたずらをしたり、喧嘩をしたりしながら楽しく過ごす日々。

高い場所から飛び降りて、頭を切って怪我をするなんてこともありました。

そして、幼稚園生の頃から未来の「チーマ―」の片鱗はあらわれていて、いつも一緒に遊んでいた近所の友達が隣町の子どもにいじめられて泣いて帰ってきたのを見て、ひとりで仕返しに出かけたというエピソードもあったりします。

といっても、小さな子どもの仕返しなので可愛いものですが、この頃から「仲間」というものが僕にとっては大切なものだったのです。

パワーが有り余って問題児だった小学校低学年

先ほど相模原生まれとお伝えしましたが、幼稚園を卒業する前に県内で引っ越しをしたので、小学校は厚木市の小学校に通います。

小学校1,2年生の頃は、とにかくやんちゃだったので、キン肉マンの影響を受けて教室でプロレスごっこをしたり、校庭で他のクラスの男子と喧嘩をしたりして、女性の担任の先生を困らせてばかりでした。

母がいつも学校に呼び出されていましたね。

ただ、母は学校の先生には謝りますが、家で僕をしかりつけたり、コントロールしようとすることはなく自由にさせてくれました。

でも、学校では担任の先生から「あれしちゃダメ」「これしちゃダメ」と言われる毎日で、小学校低学年ながらに窮屈さを感じて悶々としていたのを覚えています。

正義感からいじめっ子を追いかけ回した小学校3.4年生

小学校低学年は悶々とした日々でしたが、小学校3年生の時に、担任の先生が男の先生になり今までの悶々とした日々から脱出します。

この先生が結構ワイルドな先生で、相撲を取ったりといつも遊んでくれたので、ここからやっとのびのびと小学校ライフをエンジョイするようになりました。

僕が通っていた小学校は、ひとクラスの人数が40人くらいで、8クラスもある厚木市で1番大きいマンモス校でした。

大きい学校だったからか土地柄か、校内でいじめが多発していて、この頃の僕は「正義感」からいじめっ子を追いかけまわすなんてこともしていました。

幼稚園の泣かされた友達の仕返しと同じことを小学校でもしていた感じですね。

とにかく、僕は一方的で理不尽な暴力は小学校の頃から好きではなかったのです。

ちなみにこの頃の僕は、同学年の男子の中でも体格が大きく、いつも整列すると後ろから3番目に入るくらいでした。

小学校の分割をきっかけに、力を制御するようになった小学校高学年

先ほど、僕が通っていた小学校がマンモス校だったとお伝えしましたが、小学校5年生になるときに学校が2つに別れ、僕は新しい小学校に通うことになります。

ここまで触れてきませんでしたが、僕は小学校1年生から「空手」を習い始め、小学校5年生くらいには「黒帯」になっていました。

なぜ今、空手の話をするかと言えば、小学校5年生になったころ「空手をしている人は喧嘩をしてはいけない」という想いが僕の中にあり、この想いが小学校高学年の僕を伝える鍵になるからです。

もちろん、理由もなしに自分から喧嘩をふっかけるようなことはなかったのですが、僕は体も大きく目立つタイプだったので、学校のガキ大将的な存在からちょっかいをかけられることが多々ありました。

ですが、子どもながらに「力を前面に出すのをやめよう」と決め、新しい学校に通い始めます。

ただ、気持ちをグッと抑え、堪えながら自分を出さずにいたので、新しい小学校では何となく周りに馴染まずないまま卒業する形になりました。

自分を制御しながら、自分を表現するということがこの頃はまだできなかったのです。

楽しみにしていた中学校も馴染めずに終わる

さて、新しい小学校になじめず卒業した僕は、ひそかに中学校での生活を楽しみにしていました。

なぜなら、かつて仲が良かった仲間たちと再会できる楽しみがあったからです。

ですが、残念ながら中学校3年間も僕は学校になじめずに卒業します。

なぜなじめなかったかと言えば、同級生たちが何だか「何も考えていないバカの集まり」みたいに感じられて嫌だったからです。

みんなが同じ制服を着て、先生の言うことを聞く。

そして、一学年違うだけで「俺は先輩だ」みたいな態度が当たり前にまかり通る。

それをみんなが「理不尽だ」とか「おかしい」と思っていたとても、結局は「そういうものだ」と妥協して受け入れていることが、どうにも気持ち悪く、先ほど書いたように「何も考えていないバカの集まり」みたいに感じられて嫌だったのです。

そんな想いがベースにあったからか、部活も最初はサッカー部に入りましたが、なじまず、その後もいろんな部活を転々としますが、最終的には帰宅部状態になっていました。

中学校時代は、学校に全然面白みを見出さずに受験シーズンを迎えます。

勉強は嫌いではなく、それなりにできたので、受験シーズンに突入した際に「受験ではいい高校を目指す」という周りの空気を察し、進学校を目指すことにしたのです。

「何かこういうことがしたい!」「将来こうなりたい!」なんて思いは全くなく、親や先生たち、世の中的に良いとされるものに、なんとなく自分を合わせたといった感じでした。

自分で考える力を養ったボーイスカウト

さて、僕のバックグラウンドを語るうえで外せない、小・中学生時代に参加していた「ボーイスカウト」についてお話ししましょう。

ボーイスカウトをご存じない方のために少し説明すると、ボーイスカウトは1907年にイギリスではじまった青少年教育活動で、子どもたちに野外活動を通して「自分で考え、自分のことは自分でする」を学ばせるものです。

ボーイスカウトでは、キャンプやボランティア活動をするのですが、キャンプには日本人だけでなく世界中から子どもたちも集まり、台風の中でも自衛隊用地の中でキャンプをするという結構ワイルドな感じでした。

今振り返るとこのボーイスカウトに参加したか頃から「自分で考えて決める」「インターナショナル・グローバル」と言う感覚がスタートしとていたのだと思います。

今でもキャンプは好きで、よくアウトドアもするのですが、ボーイスカウトの中で育んだ「サバイバル精神」は「人生をサバイブする能力」に転換してきたと思っています。

おわりに コーチとして今思うこと

僕の幼少期から、中学卒業までのこの時代に共通してあった思いは、「もっとカッコいいと思える自分になりたい」という想いでした。

毎日毎日「もっとこうなりたい」という自分の「カッコいいと思える姿」をイメージして突き進んでいました。

「自分の意思」という、まっすぐなトンネルの中で一心不乱に前だけ見て一直線に進むようなイメージで、「こうなりたい」という自分の想いが、たった1日という短い時間の中で、大きく変わっていくのを感じる、臨場感のある日々だったように思います。

この素直なまっすぐな想いが、大人になった今でも重要です。

「こうなりたい」と言う思いが、自分の中から湧き上がる純粋なものであればあるほど、その実現スピードは速く、これはコーチングでお伝えしている原理にも共通するのです。

さて、次のストーリーはいよいよ僕のアウトロー人生が本格的になる高校時代です。

偏差値70の進学校生活より不良グループ「チーマー」を選んだ理由、チーマー全盛期の少年からチーマ―を卒業する青年になる中で感じた心の変化なども紹介しています。

コーチが持つバックグラウンドもあなたがコーチを選ぶときに重要な要素です。ぜひ読み進めて判断していただければと思います。

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苫米地式コーチング認定コーチ 坂上崇大(さかのうえ たかひろ)

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