コーチ坂上崇大プロフィール

About Me

はじめまして、苫米地式コーチング認定コーチの坂上崇大(さかのうえ たかひろ)です。

僕は「コーチ」として活動をしていますが、アメリカ不動産のアセットマネージャーでもあり、投資家でもあり、2児の父親でもあります。

さて、こちらのプロフィールページでは、僕がどんなバックグラウンドを持っているか少しお話ししてから、詳しいプロフィールを紹介したいと思います。

コーチ坂上崇大のバックグラウンド

苫米地式コーチングの認定コーチとして活躍している方は、世界中にたくさんいます。

そんな認定コーチの中で、僕を1番印象づけるものは「元チーマー」というアウトロー出身なことだと思います。

自分が求める世界や想いに忠実に生きていたら、神奈川県いちの進学高校の生徒から神奈川県を代表するチーマーになっていました。

▼これ僕です。(笑)

そんなアウトローな僕を印象づけるもう1つの要素は、20歳からプライベートと仕事でアジア・アメリカ・ヨーロッパ・オセニア、23カ国以上を訪れて身につけた「インターナショナルな感覚と視点」を持つことです。

初めて単身でアメリカに渡った20歳の頃から日本人というより、「地球人」と言う感覚で常に生きています。

ちなみにチーマは自称ではなく、雑誌にチーマーとして取り上げられていました。

僕は1976年、辰年生まれなのですが、同世代なら「チーマー」と聞いて「懐かしい!」と思ったかもしれませんね。

若い方は知らない方も多いでしょう。簡単に言うなら暴走族やヤンキーの次に現れた不良のスタイルで、アメカジや古着を身にまとうファッショナブルなスタイルが特徴でした。

高校時代の僕は、神奈川県で「S級」とよばれる1番の進学校に通っていたのですが、「学校という大きな檻の中」で上限を決められた「見せかけの自由」の中で、同じような毎日を過ごすことに気持ち悪さを感じていました。

誰もがみんな同じ方向を向いて、「決められたことを何も考えずにやることが当たりまえ」みたいな黙認されたルールみたいなものに違和感を感じていた時、地元の「チーマー」に興味を持ち、いつの間にかチーマー業が忙しくなったのが僕のアウトロー人生のはじまりです。

さて、ここまでで僕に対する興味が湧く方、湧かない方に大きく分かれたと思います。

海外生活が長い国際人で、元チーマーのアウトローな人生を歩んできた「コーチ」に興味を持ってくださったなら、ぜひこの先のプロフィールも読み進めてください。

コーチ坂上崇大プロフィール

坂上崇大(さかのうえ たかひろ)
1976年神奈川県生まれ。
苫米地式コーチング認定コーチ/アメリカ不動産アセットマネージャ―/投資家
2児の父親(男の子と女の子)
コーチングの得意分野は「リーターシップ」と「ファイナンス」
元海外不動産投資会社の役員
海外不動産のコンサル経験を多数持つ


1976年に北海道出身でガチガチの国家公務員の父と沖縄出身で型破りな企業家の母の元に生まれる。

1996年に20歳で単身アメリカへ渡って以降、プライベートと仕事で23カ国以上を訪れ身につけた「インターナショナルな感覚と視点」と元チーマーという「アウトローな生きざま」が強み。

日本人と言う感覚ではなく、「地球人」として「アートとサイエンス(感性と科学、右脳と左脳)」のバランスを常に大切にしている。


20歳でアメリカに渡ってから26歳までは、日本と海外を行き来し、その時その時で興味を持った仕事で生活費や渡航費を稼ぎ、自らの情熱が向くことを追い求める日々を過ごす。

この期間にアメリカだけでなく、アジア、ヨーロッパと世界知るために渡航範囲を広げていく。


27歳から2年間は、「世界で活躍したい」「自らが最も好きな海で仕事をしたい」という思いから、オーストラリアでスキューバーダイビングのインストラクターとして働く

ダイビングのインストラクターとして生涯やっていこうと思っていたが、ダイビング独特の体への負荷から、長く続けられないと思い、ビザも切れることから、一度日本に帰国。

その後、長く続けられる仕事して不動産業をチョイスし、29歳で鎌倉の不動産会社に就職後、32歳で独立


独立後、33歳から海外不動産会社のプロジェクトに参加し、フィリピン、マレーシア、アメリカで海外不動産のコンサルタントとして6年間仕事をする。この間にマネージャー職から役員まで経験。

ただ、海外不動産投資会社が次第に「お金だけを求める姿勢」に変わっていく様を目の当たりにし、自分の居場所が本当にここなのか考えた末に39歳で海外不動産投資会社の役員を辞任

現在は、苫米地式コーチングの認定コーチとして活動しながら、アメリカ不動産のアセットマネージャ―や投資家としても、理想の未来と社会を創るためにビジネスチャンスだけでなく、これからのムーブメントや人とつながりを求めて世界各国を飛び回る。


小学校1年生から空手を始め、キックボクシングや総合格闘技を通して「心と体のつながり」を学ぶ。

2015年の38歳の時に、海外不動産投資会社で働く中、資本主義社会において「お金」が1番の価値を持つような錯覚の中で人々が生きる世界を客観視した時に、もっと人々が自由にいろんな価値を認め合い、喜びに満ちた人生を送るにはどうしたらいいかを真剣に考え始める。

そして、そのために自身ができることはないかと、さまざまなツールを模索する中で次の学びを行う。

  • 目に見えない世界の学問である「形而上学(けいじじょうがく)」、「カバラ」、「錬金術」といった魔術についての学び、エネルギーレベルで個人の能力を開花させる「ヒーリング手技」も納める。
  • 「神経言語プログラミング(NLP)」のプラクティショナーを習得。
  • 苫米地博士から直接、苫米地式コーチングの手法を学び、認定コーチとなる。

扱う言語は、英語と日本語。
趣味は15歳から始めたサーフィンとキャンプ。
好きな言葉は「アウトローこそ、正直であれ」と「権威を疑え」
好きな曲はCoolio(クーリオ)の「I’ll C U When U Get There」
人生を変えた1冊「アミ小さな宇宙人」(エンリケ・バリオス著)

より詳しい僕のアウトローなストーリーを知りたい方は、こちらの記事もお読みください。
僕のこれまでの「生きざま」を洗いざらいたっぷりと紹介しています。

アウトローストーリーを読む▶

AI時代に活躍する21世紀のリーダーには「アウトローの感性」が必要です。
特に、真面目一本気で生きてきた方には読んでいただきたいストーリーです。

苫米地式コーチング認定コーチ 坂上崇大(さかのうえたかひろ)

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